さっちゃんの会を応援する会

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スーパーJチャンネル 「真実の行方」 第4弾 (テレビ朝日’11/11/10放送)

 
「大阪西成女性医師”不審死の真相”」がテレビ朝日で放送されました。
関東圏のみの放送でしたので、関西の方々にも見て頂けたら幸いです


 
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# by sachan330 | 2011-11-18 10:28 | マスコミ報道

『第三回 矢島祥子を偲ぶ集い』の御報告

釜ヶ崎を愛した矢島祥子が2009年11月13日の消息を最後に亡くなってから二年。
この度 釜ヶ崎・ふるさとの家にて『故矢島祥子を偲ぶ集い』をもちました。

昼過ぎから、祥子への想い出がこめられた数々のお花、お菓子、版画、蝋燭、秋の実り、リースなどが寄せられ、『ふるさとの家』のスタッフの皆様、『矢島祥子先生と時間を共有する集い』の皆様、釜の友人達によって集いの準備が進められました。

 ある方から前々日に急遽申し入れがあり、遺族全員参加の『祥子の件についての話し合い』が午前中一杯もたれました。そのため、遺族として十分な準備を整えることが出来ず、皆様に行き届かない点が多々ありました事をお詫び申し上げます。

 集いは、釜ヶ崎の仲間達、長年釜ヶ先で仲間達と共に歩み日々戦っておられる方々、祥子の前任である淀川キリスト教病院の皆様、全国各地で祥子の真相の行方を見守ってくださる皆様、国会・府議会等で活躍される方々、北海道から九州まで全国各地から200名以上の方が参集してくださいました。
 ホールに入りきれず、窓の外・通路・道路で参加してくださった皆様、申し訳ありませんでした。
 遺族はこのようにたくさんの皆様が参集してくださる事を予測できませんでした。
 きっと、祥子が直接招待したのだろうと思っております。

 祥子の事をたくさんの方々が話してくださいました。
 祥子が本心で貧しい人たちから学び、一緒に生きてきたことを証ししてくださいました。ありがとうございます。
 また、語ってくださった方々が、本音で生きてきた人達であることも分かりました。

 貧しいけれど心の温かい仲間達、その只中におられるイエス様に護られて、祥子は、ともに泣き、ともに喜んで生き続けた事をこの会で改めて確認させて頂きました。

 現在、「西成署は事件として捜査している」ので、ここで詳細をお伝えする事は出来ませんが、より具体的に解明されてきたことも併せて御報告いたします。
 これからもどうぞご理解・お祈り・ご支援をお願いいたします。

 皆様の上に主の平和がありますようにと祈ります。

                   2011年11月13日 
                             遺族代表 矢島祥吉



  付記 2011年11月16日9時10分頃~
     フジテレビ『とくダネ』で全国放送予定。
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# by sachan330 | 2011-11-13 18:30 | ご家族からのメッセージ

「矢島祥子を偲ぶ集い」へのお誘い

≪矢島祥子を偲ぶ集い≫
    日 時:平成23年11月13日(日曜日)午後1時30分より
    場 所:社会福祉法人 聖フランシスコ会 ふるさとの家
        〒557-0004 大阪市西成区萩之茶屋3‐1‐10
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祥子が亡くなって2年が経ちました。

この2年間、祥子のことを私は学びました。
釜ヶ崎の貧しい人たちの傍らで、祥子は約束通り本当によく働きました。
私は祥子を誇りに想い続けてきましたが、その想いはさらに大きくなりました。

これからも祥子に学び、
天から見守ってくれている祥子と共に生きていきたいと願っています。

祥子はイエス様が大好きでした。
イエス様は釜ヶ崎の貧しい人たちのなかに今も生きておられると信じていました。
祥子は、釜ヶ崎の皆様とイエス様に支えられ、
医療を通して貧しい人たちと共に泣き、喜んで、精一杯生きてきました。

このような祥子の命が、釜ヶ崎の真っただ中で断たれてしましました。
しかし、彼女の魂までは消すことができませんでした。
祥子の魂は、釜ヶ崎の皆様の中にしっかりと受け継がれています。
事件としての真相は、この2年間でより具体的に解明されてきました。

私たち遺族は、皆様のご支援によって、
悲しみの中にあっても、元気に今日を迎えることができました。

今回、私たち遺族が初めて主催者として呼びかけをさせて頂きます。
この間、私たちを温かく支えてくださった皆様にお礼を申し上げますと共に、
祥子のことを共に語り合えたら幸いと願っております。

どうぞお越しください。


    遺族代表 矢島 祥吉


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# by sachan330 | 2011-10-21 10:34 | お知らせ

さっちゃんと共に生きる

矢島祥子先生と時間を共有する集いにて作成されたビラです。

毎月14日、鶴見橋商店街東側入り口(たこ焼き屋さん付近)にて、
朝九時半集合、配布しております。

ビラ撒きボランティアスタッフ募集中です。


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# by sachan330 | 2011-09-15 18:42 | 祥子先生と時間を共有する集い

なぜ『くろかわ診療所』における祥子先生の勤務実態は語られないのか?

 くろかわ診療所の黒川先生は、NPO- HEALTH SUPORT OSAKA主催の『大阪ホームレス健康問題研究会』で、2011年3月31日に『診察室・往診から垣間見る』と題して話されました。その発表内容はネット上に公開されています。http://www.heso.or.jp/pdf/kouenshiyu/kurokawasensei.pdf
 その内容の一部は以下のとおりです。
①2005年12月に開設してから2007年5月31日迄の患者さんの総計は854名。それから、2011年5月31日現在で2,870名位の患者さんを診ている。
②往診は、毎週月曜日、木曜日でやっており、50名位で、男性が多いとの事。
③診療情報提供書は開設してから2007年5月31日迄のカルテ登録数854名のうち情報提供紹介は496名、2011年3月31日現在では2,870名位のカルテ登録者がおり、情報提供書は3,669通とのこと。

 祥子先生は2007年4月1日から2009年11月に亡くなるまで“くろかわ診療所”に勤務していましたが、祥子先生については一言も語られていません。
祥子先生は、週5-6日の外来と週5日の往診を受け持ち、休日・夜間も携帯電話を持ち電話相談・往診要請に答えるなど、昼夜を分かたず黒川先生と共に精一杯働いてきました。なぜ、“くろかわ診療所”で働いてきた祥子先生の事が一言も語られていないのでしょうか?

2011.7.26.
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# by sachan330 | 2011-07-26 16:58 | お知らせ